白線流しのように大切な思い出

白線流しのように大切な思い出

僕は根っからのおばあちゃん子でした。

祖母の孫の中で男の子は僕だけだったので、特に可愛がってくれました。

はたから見れば、かなり甘やかされて育ったように見えるでしょう。

祖母は仏様のように優しい人でした。

穏やかで大人しい性格ながら、正義感が強く、他人を心から思いやり、誰にでも手助けする人で、老若男女問わず人望を集めました。

2014年の初秋、大好きな祖母が他界し、心の中にぽっかりと大きな穴ぼこが出来ました。

最期の瞬間を看取れたので、悔いは無いとも言えますが、もう会えない、話すことができないというのは、筆舌に尽くしがたい寂しさがあります。

祖母の生前、大学の卒業制作のモデルになってもらいました。

2273mm×1818mm パネル、綿布、白亜地、ペン、インク、アクリル絵具、水彩絵具、油絵具
絵空事の賜物
2273mm×1818mm
パネル、綿布、白亜地、ペン、インク、アクリル絵具、水彩絵具、油絵具

実は、その作品の題材が、祖母が死に行く様を描いたものであり、作品が展示された約1年半後に祖母本人が実際に亡くなるという憂き目に会いました。

祖母の死因は肺ガンだった為、既に作品のモデルになった際にはガンを患っていたはずなのですが、検査等を全く行なっていなかったので、本人や家族、そして僕も死期が迫っていることは知りもしませんでした。

まさかそんなに早く作品と同様の事態に遭遇するとは思いもせず、不可思議かつ恐ろしい出来事であったと回想します。

祖母は亡くなってしまいましたが、卒業制作は幸運にも大学のある台東区に買い上げて頂き、何年か毎に美術館で展示されることになりました。

定期的に祖母の絵に会うことが出来るということは、僕にとって心の支えになるでしょう。

祖母を看取った際に、祖母が僕にかけてくれた最後の言葉を、死ぬまで忘れることが出来ません。

ガンが全身に転移した末期状態での苦しみの中、祖母はかすれた声で僕に言いました。

「大物になれ」

この言葉が僕と祖母の最後の会話になりました。

祖母が他界してからしばらく経つ今でも、この言葉を思い出しては涙をこぼしてしまいます。

祖母の言葉通りにはなれそうにないと思う日々ですが、なんとか頑張って這い上がらねばと思っております。

染谷

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